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2020年1月1日水曜日

クイーンビクトリアマーケット、メルボルン Queen Victoria Market in Melbourne, Australia



オーストラリア、メルボルン市内のマーケット。
チーズ、燻製肉、パンなど西洋風の食べ物が豊富です。
もちろん、野菜なども安く買えます。

私たちは近くのアパートメントホテルに宿泊したので、食材なども安く手に入れることができました。

City Edge on Elizabeth Apartment Hotel in Melbourne シティエッジ オン エリザベス アパー...



オーストラリアの都市圏は宿泊代が結構高くなっています。

今回のメルボルン旅行では、このアパートメントホテルに5泊。
キッチンがついていて、毎夕食自炊ができて安上がり。
洗濯機付。もちろんバストイレも。

個々の宿泊代は一泊二人でAU$130くらいでした。
クイーンビクトリアまーっけッとも徒歩5分、市内のどこへでも、アクセスはとてもいい。
満足できる滞在でした。

2019年7月26日金曜日

韓国 ART BOX探索 慶州&明洞   




か韓国旅行中、スケッチブックを使い切り、筆ペンをなくしてしまったので、
インフォメーションセンターで紹介された、このお店へ。
そこは、画材やさんじゃなくて、キャピキャピの雑貨屋さん。

何とか、お目当てのものを購入したものの、やはりこの手の店は気後れする。
かかっている音楽も騒々しく、若い世代の世界に入り込んだような気まずさを感じながら、韓国そして若者文化を感じたのでした。

日本人観光客、大勢いました。多分、私が訪れた場所で、最も日本語を耳にした場所ではないかと思います。

私にすれば、日本にだって、もしくは日本の方がいいものたくさん売ってるのに、
なぜ、わざわざ韓国のこの店に来るのかなあ、という疑問もないわけではありませんが、、。

これから韓国に行こうと思っている方のために、参考になればと動画を作りました。



2019年7月21日日曜日

韓国 ソウル、明洞の裏通り




ソウル。華やかな明洞の街。
そのど真ん中に、こんな裏通りがあった。

繁華街を一本外れると、裏通り、下町の雰囲気になる。
ここのギャップは甚だしい。
この、通りを数分で通り過ぎると、すでに明洞の繁華街だ。

どうして、この通りがいまだに このようにそのままなのか。
韓国全体を見ると、発展しているところは、
寸分違わないビル群が不自然に立ち並ぶ。
それを考えると、明洞の真ん中は、真っ先に開発されそうなものだが。

地元住民の反対か、または これも観光の目的で敢えて、残してあるのか。
それにしても、不思議な通り、体験だった。


2019年7月19日金曜日

韓国のお金 両替



You tube アップしました。

韓国のお金に触れたのは今回が初めて。
1000ウォンは100円くらいの感覚。
お札のお金は、なぜか大事に使いたくなる。

もしかしたら、韓国でこの100円札をコインに変えたら、
消費行動が促進され、経済効果あるかも。

昔懐かし、板垣退助さんは100円札だった。
100円が貴重だったあのころ。

とっとけば良かったな、あの100円札。
既に、聖徳太子も新渡戸稲造も、伊藤博文も過去の人になってしまった。
懐かしいなあ、このお札でお年玉をもらってた。

2019年7月16日火曜日

韓国 KTX ソウルから新慶州 そして慶州市  Seoul to Singyeongju by KTX





韓国旅行、ソウル駅からKTXに乗って慶州まで。

韓国語を読めない、話せない不便さを感じ、ハラハラしながらも、

知らない環境を楽しんできました。

列車、バスなど乗り物はやっぱり面白い。

55歳の私ですが、子供に返ったようにワクワクして、KTXに乗ってきました。








2019年7月15日月曜日

韓国 仏国寺

2週間ほど前、韓国をスケッチしながら旅行していました。
7月2日は慶州の仏国寺へ。
30度以上もある暑い日でしたが、負けずにスケッチ。
水分補給と、木陰のおかげで、体調を崩すことなく楽しくスケッチしてきました。

You tubeにまとめてみました。

2019年5月22日水曜日

海外旅行はモーテルで

私も夫も20代は山女、山男だった。
と言ってもアイゼン、ピッケルをもってというバリバリではなく、
リュックをしょって日帰り登山、または2,3泊の縦走。

私は育ちも生まれも北海道。
看護短大の3年間は弘前に住んでいたけれども、
それ以外はずっと北海道。
なので、登った山は道内に限られる。

という過去もあり、
私も夫も旅行先で自炊することには抵抗はなかった。

家族での初めての海外旅行は、
今20年住んでいるオークランド。
移住を計画し始めていたが、
果たして私たちが本当に適応できる場所なのかを
確かめるための旅行だった。

泊ったのはモーテル。
移住する前の年だったのでもう21年前のこと。
私と夫、そして3歳と5歳の息子との旅行で、
子供たちが食べられるものを調理できる台所は必須だったので、モーテルにした。
多分、4人で泊まると安かったことも理由だったと思う。

それがモーテルを使う始まり。
こちらに移住してからは、
テント泊まりとか、バックパッカーに家族で泊まったこともあったけれど、
テントは子供連れでは結構めんどいものがあったし、
バックパッカーは台所があまりきれいではなかったことと、
やはり共同キッチンは不便だったので、1,2回泊まっただけ。

私はこちらに来て、化学物質による湿疹アレルギー体質、
子供たちも軽い喘息を持っていたので、
自炊ができて、快適で、スペースも十分にあるモーテルは本当にありがたかった。
ニュージーランド国内でもいろんなモーテル、ピンからキリまであって、
倹約好きの私たち夫婦は許容できるくらいのレベルで安いところを探して、泊まっていた。
ご存じの通り、アコモデーションを紹介するサイトは嘘つき写真もあったりで、
こんなはずじゃーなかったのに、というところも。

しばらく使われていない部屋の窓のサンに、砂埃がかぶっていたり、
部屋全体がいかにも煮しまっているようなところもあった。

旅行先では自炊した食事の写真を毎食撮っていたので、
ああ、あの時ね、と夕食やサンドイッチでその時のことを思い出すことができる。

それほど手の込んだものを作ったわけではなかったけれど、
あそこで食べた鍋焼きうどん、カレーライス、
ここではスパゲッティだったねと。

毎回旅行の前は、何が一番大変だったかと言えば、食材の準備。
それは献立作りから始まって、調味料を瓶に詰めたり、小分けにしたり、夫と私と二人で話し合い、分担しながら。
外食はしなくても、やっぱり食事は楽しみたいもの。
夫や子供も食べたいもの、好きなものも考慮しながら。

という感じでモーテルの思い出は尽きないのです。
最後の家族旅行は次男が高校を卒業した後の夏休み。

それ以後は夫婦でニュージーランド国内やオーストラリアの旅行。
やっぱり、モーテルを使います。
しょう油やオイル、塩、酢なども、以前と同じように瓶詰めして。
オーストラリアでは毎日スーパーに行って夕食のための買い物。
カンガルーの肉が平気で売っていたり、チーズのパッケージがニュージーランドと違う、
など、どうでもいいようなことも含めて、結構楽しいのです。

今日You Tubeに投稿した動画は、つい最近利用したクライストチャーチとタウランガのモーテルを紹介しながら、モーテルのいいところをお話ししました。

良かったら、見てください♡  ⇓⇓

https://www.youtube.com/watch?v=AzTFQg2dq3M




2019年5月21日火曜日

韓国旅行の計画

6月に日本に帰省する予定で、その際、6月下旬から8泊9日で韓国を旅行する。
チケットはジンエアーで購入済み。

なぜ韓国かと言えば、
3年前インドに行き、精神的にヘロヘロになって予定を変更して2週間で引き揚げてきた経験を持つので、今回はもっと気楽に行けるところを選択した。
かつ、去年長男が韓国へ行き、DMZ(韓国北朝鮮国境非武装地帯)の見学など貴重な体験をしたこと、日本人観光客に対して親切であることなども理由。

デッサンクラスの友達も2か月前に5週間の韓国旅行をしていたので、
アドバイスを受けるため、今日の午前中訪問。

ネットでは探しきれない細かい情報を得ることができたし、
アートという共通の興味もあったせいか、
彼らの訪れた場所一つ一つ、とても面白そうなところばかり。

20年前、大韓航空の乗り換えで、一日ソウル市内を回ったが、
今回友人に見せていただいた写真は、
そのころとは、別世界。進化してるな、韓国。

私は正味7日間の滞在なので、
的を絞っていかなければ。

ソウルだけでも足りないくらいの日数だけれども、
慶州にも2,3日滞在したい。

この期間で韓国の文化、歴史をできるだけ知りたい。
韓国と日本の関係、朝鮮戦争などについても。

とりあえず30年前の”別冊宝島 朝鮮、韓国を知る本”を読んでみた。
情報としてはとても古い。
そこに出てくる写真は戦争直後の日本と変わらないのではないか、と思えるほどだ。

確かに夫が30年以上前に韓国へ行ったときは、風呂のない旅館、シャワーは水、集落の人々は川で体を洗っていたと。
韓国の田舎に行ったらしいので都市ではもう少し設備が整っていた可能性はあるとしても、当時の日本では風呂のない部屋、家は田舎、都市を問わず皆無だろう。

このような急速な発展のひずみはどのような形で表れているのか。

美しい宮殿や、モダンなショッピング街、グルメやコスメだけではない韓国を
私はどれだけ知ることができるだろうか。

そんな、中年らしき真面目な意図をもって、詳しい計画を立てていこう。

2018年11月5日月曜日

ハワイ旅行(5) フラショーそしてチップ

 ハワイ旅行する際の心得としてチップは欠かせない。料金の10~15%を余分に用意しておかなければならない。

そういう習慣のない場所でしか生活したことのないものにとっては、本来不要なものを催促されているような気になる。

利用したコンドミニアムにはサービス料も部屋のクリーニング料も別枠にして請求されていたので、枕元にチップを置く必要もなかったが。



フラダンスショーステージの後ろにあるバニアンの木




三日目の夕方無料のフラダンスショーを見にワイキキビーチへ出かけた。夕日が沈んだ後ステージでの音楽やフラダンスは、このハワイ旅行でもっともハワイ気分を味わった時間だったかもしれない。

観客は無料で鑑賞できるとはいえ、きっと彼らはなにがしかの報酬を受け取っているはずだと一般的には思う。ホノルル市とか観光協からの援助なしにはあり得ないだろうと推測するが、

ショーを終えた後、フラガールたちがフラ学校のためにと貝のレイを渡しながら寄付金を募っていた。

私はフラショーを見て、とてもいい時間を過ごせたと思い、US5ドルを渡し貝のレイをいただいた。5ドルでレイももらっっちゃっていいのかなと思いながら。

ステージのフラガールたちは日本人かもしれないと思わせる容姿の人が半数近くいたので親近感もあり、何かお礼の一言をという気持ちもあった。

そんなやり取りをしていると、後ろを通り過ぎる人の会話が聞こえてきた。

”ああやってチップを渡すのね” ”あら、ほんとだ”

私としては、チップというよりは寄付、またはありがとうの気持ちだった。チップのように、そこで働く従業員をサポートするために義務的に払うものではないのが寄付だと思う。


美しいフラダンス


この旅行最後のチップは最終日のホノルル空港行のタクシー。日本人のような容姿と物腰で”ナカムラサマですか?”と聞かれたときから私の頭の中は日本語モードになってしまい、日本語で話しかけてしまった。が、二言目からは英語だった。

それはさておき、このたった一週間のホノルル滞在で自分の変化に気が付いた。この親切なタクシー運転手は ”チップを期待してこのように親切にしてくれるのだろうか”と、彼のサービスは金銭のためなのではないかと思ったのだ。

今までは人に何か親切にしてもらっ時、または気の利いたサービスを受けた時には、ただありがとうという気持で、その言葉を返すだけだったのに。または、こちらが形でお礼をしようと思っても断られることの方が多かった。お金を目的にそんな行為をするとは考えもしなかった。

(逆に、インドのホテで少年のポーターたちがこぞって私のスーツケースを部屋まで運び、少ないチップだとそこを立ち去ろうとせず、そこそこ十分であればさっさと退散した。こんな風に、チップで稼ごうというのが見え見えだと、ある意味納得できるというか、気分的にもすっきりする。)

たった一週間で、私の中で”人はお金のために行動する”という意識が強くなった。こんな風に環境や慣習に影響されやすい自分。ハワイに生まれなくてよかった。生活の拠点を日本またはニュージーランドにできて良かったと思う。親切や善意で生きていける空間がまだ残っていると思えるから。

カメハメハ大王像の近くで


2018年11月2日金曜日

ハワイ旅行(4)-ザ.バス(The Bus)

バスの待ち時間にスケッチ ハイビスカス

今回の旅行で最も利用した交通機関は”The Bus”というオアフ島内全域を走る路線バス。

便利さと低料金で毎日のように使っていたが、ホノルル空港とコンドミニアム間はスーツケースお断りだったのでやむなくタクシー(US$30くらい)。

観光客ももちろん利用していたが、さすが路線バス、地元民が圧倒的だった。いろんな人種の人々というよりは、一人ひとりの人種を特定できない。アジア人のようでもあり、ポリネシアンのようでもあり、インド系でもありそうな。

今年は日本人初の移住者が来てからちょうど150年。ビショップ博物館ではそれを記念した写真展が催され、現在6世代目になると、博物館のガイドも説明していた。ということは、幾度となく生物学的交配が行われたであろうことは予想される。それは日本人に限ったことではないだろう。

バスに乗ってくる人々は通勤、買い物、若い観光客。それに、空き缶を大袋に入れたホームレスらしき人も。

ホノルルのショッピング街、官庁街、観光スポットを網羅するこのバス。

窓越しに見たチャイナタウンは、オーストラリアの都市で見た、とってつけたようなものではなく、中国下町の雰囲気がぷんぷんだ。(と言う私は中国には行ったことがない)バスで通り過ぎるのは平気だけれども、街を歩くのはちょっと勇気がいるかな。

ある日バス通りを歩いていて方向感覚を失った。ちょうどバス停で待っていた人にワイキキはどっちの方向かと聞いててみた。私の英語のせいか、その人の先入観が強かったせいか、”チャイナタウンは’こっちだ、こっちだ”と指をさす。

ん?私、チャイナタウンに行きたいわけじゃないんですけど、、、。

チャイナタウンの反対側がワイキキなので、ワイキキ方面に向かって歩き出した。そんな私をどう思ったかはこの際どうでもよい。


ハレイワのバス停でスケッチ


 バスを利用すると当然待ち時間がある。この待ち時間はスケッチの絶好のチャンス。

ハワイ2日目はバスを乗り継いでオワフ島一周。ええ、たくさんありました、待ち時間。

このバスを利用していて不便だというか、ややこしいと思ったのが、バスが来るべき方向から来ないということ。ワイメア方面からハレイワに着いて、そのずーと先にホノルルなのだから。同じ方向に行くバスに乗ればいいはずと、普通は思うだろう。が、来ない。30分おきに来るはずなのに。

聞いたほうが早いかもしれないと、お店の人に聞いてみたが、”バスは来る”としか言わない。来ないから聞いてるんですけど、、。知らないんです、お店のひとは。使わないんですから。それに、ハレイワの街に路線バスで来る人なんて、あまりいないんでしょう。

反対方向へのバスを2回見送って、つまり一時間くらい待って気が付いた。そういえば、そのバスは30分毎に来ている。

あわてて反対方向行きのバスを待ち、バスの運転手に確認した。やはり、ホノルル方面行だった。どこかでぐるりと回るコースをとってホノルル方面行きの99号に入るのだろう。ああ、ややこし。

しかし、おかげでバス停でスケッチができた。


待ち時間が長くて描くものがなくなり、隣に座っている人を描いた。

2018年11月1日木曜日

ハワイ旅行 (3)-物価

ハワイ旅行前にいくらかのUSドルを用意していた。US1ドルがだいたいNZ1.5ドルなので、この換金の時点でUSドルは高いという認識はあった。

ワイキキビーチ近くのフォートデルッシ公園

初日のパールハーバーで食べたホットドッグはアメリカンらしくない小さな’サイズで、7ドル、つまりNZ$10以上もする。観光地値段なのだろうけれど、日本だったらもっと気の利いたものが食べられる。味としてはまずくはなかったけれども、、、という感じ。

ホノルル空港のスターバックスのコーヒーはUS5.5ドル。それでも、観光客だけでなく常連らしい人達が買っていく。

そんな感じでどこへ行っても高いと感じた。

今回泊まったコンドミニアムは私たちにとっては、申し分ない清潔さと便利さだったが、ニュージーランドやオーストラリアでなら同じグレードで7割程度の料金でで利用できるだろう。

残念ながら比較対象としてヨーロッパの国々は上げられない。なぜなら30年前のツアー旅行で6日間のパリしか経験がないから。

さすがにスーパーでは極端に高いという気はしなかったけれども、USドルの表記であることと、こちらの最低賃金の低さ(時給約US9ドル)を考慮すると、一般の人々の生活の大変さは想像できる。

ちなみにここでは2ベッドルームの賃貸料が約US2000ドル/月だとか。不動産の値上がりが激しい地元NZのオークランドなみというか、それより高いかもしれない。

高くても買う人、買える人というのは世の中にはいるもので、ワイキキに冬物のコート専門ブティックがあった。ここに住んでいる限り必要ないので、冬に備えて北半球の観光客が買っていくのか、ここで冬物を用意して本国やヨーロッパへ行くのだろうか。それにしても、冬物のコートならどこでだって買えるだろうに、普通に防寒できるものなら、と思う。


ワイキキビーチのサンセット



2018年10月31日水曜日

ハワイ旅行(2)ーストライキ

シェラトンホテル前のデモ
ワイキキのシェラトンホテル従業員のストライキについては旅行前から聞いていた。夫と同じ目的でホノルルに向かう調律師の数名はシェラトンホテルを予約していたが、滞在中はシーツ交換されないこと、必要なら用意されてあるシーツを自分で変えなければならないことなど、事前に知らされていたそうだ。

しかし、自分がワイキキのメインストリートを歩いているときは、すっかりそんなことも忘れていたので、デモンストレーションのドンドンチンチンという音に、こんなところにチンドン屋がいるのか、と思った。

シェラトンホテルの前の横断歩道をおそろいの赤いTシャツと,胸には”One job should be enough”と書かれた看板を下げた人々がぞろぞろ歩いている。リズミカルな掛け声と鍋底をたたく音は盆踊りを思い出してしまう。ははん、賃上げ要求のストライキかと、やっと気がついた。

このデモは警備も付き、全く平和的に行われていた。立ち止まってそれを眺める観光客もいたけれども、多くはほかの通行人と同じようにすれ違っていくだけだ。

ストライキというとオークランドでは病院職員やバスドライバーが数日間やっていたし、
もちろん日本でも北教組の教師たちが朝数時間のストライキをしていた、私が子供のころ。(40年前)
実際ホテルに宿泊している人たちへの影響も気になりどのくらい続けるのか、と聞いてみた。15日間だという。それはすごい。

そして、看板の”仕事は一つで十分だ”という意味は?と聞いてみると「従業員のほとんどは2つ3つの仕事をかけもちでしている、賃金が安いのでそうしないと生活できない」ということであった。
ワイキキビーチ

華やかな店やシェラトンホテル、とデモ行進をワイキキの光と影ととらえてしまいそうになるが、モ行進をする人が影で通りを過ぎる観光客が華やかな部分とは言い切れない。

デモに参加している人も、ここで買い物をしたり、ビーチにくることもあるかもしれないし、日本からの観光客にとっても、ハワイの滞在は日常とは違ったものだろう。日本では低賃金で働いている人もいるだろう。という私だって、富裕層でもなんでもない。だからこそ、観光客としてここにいて、このデモを眺めるとき、気持ちが落ち着かなくなる。

その昔、私の最も尊敬するマザーテレサは言っていた。インドのホームレスよりも、アメリカ(US)のホームレスの方がずっと貧しい。それは精神的なものからくるものだ、というようなことを。

私に似合わないワイキキビーチは貧富の差を目の当たりにする、またはそれについて考える機会になった。



2018年10月30日火曜日

ハワイ旅行 7日間 (1)

21日の夜行便でオークランドからホノルル空港へ。日付変更線のため、21日夕方出たはずなのに着いたのはその日の朝。時差ではニュージーランドより1時間早いだけなので、日にちさえ気を付ければ問題はない。

今回は、ピアノ調律師である夫がホノルルで行われる研修会に講師として参加するため、私も一緒に行くことにした。

私は買い物やグルメ派ではないし、泳げないのでビーチで泳ぐこともそれほど楽しみというわけではない。日に焼けるーとか、海水はべとべとしていて砂がはりつくーと思ってしまう。実際、水着は持って行かなかった。
だから、こんな機会でもなかったらハワイに行くことはなかっただろう。


初日に訪れたパールハーバー





ホノルル時間で10月21日から27日までワイキキビーチ近くのコンドミニアム(キッチン付きの部屋)に宿泊した。
ワイキキビーチと巨大ショッピングセンターアラモアナの中間地にあるこのタワーの26階に泊まった。



その間に訪れた場所は
パールハーバー、ビショップ博物館、ハワイ州立美術館、ダイアモンドヘッド、マノア渓谷(入り口まで)、ワイキキビーチと,島一週を路線バスで回った時に立ち寄ったカイルアとハレイワの街。
自分の想像していたハワイと違っていて、とても興味深いというか、おもしろかった。

ある日のホノルル市内からの帰り、ちょうどバスの通り道にドンキホーテがあって(私はまだ日本のドンキには行ったことがない)立ち寄ってみると、片隅にブックオフ。そこで池澤夏樹の”ハワイイ紀行”を見つけた。

このハワイ旅行中、前半は持参したパウロ.コエーリョの”アルケミスト”、後半は”ハワイイ紀行”を合間の時間に読んでいた。

この2冊の本のおかげもあって、ずいぶん充実したハワイ旅行になった。

明日から数日間、ホノルルで見たこと感じたことをまとめてみようと思う。


2017年11月10日金曜日

オーストラリア旅行 アデレードへ

もう一か月近く前になりますが、オーストラリアのアデレードに行ってきました。夫はピアノ調律師のコンベンションに参加するため、私はスケッチが目的。


それほど目立った観光名所がなく、どこに行ったらいいのかと思いましたが、まずアデレードからバスで50分のハーンドルフ(Hahndorf)というドイツ移民の町へ。



アイスクリーム屋さん。こんなかわいい店がいっぱいの街。

 素敵な教会があったので記念撮影、そしてスケッチもしました。



次の日は宿泊していたアパートメントから歩いて10分くらいのグレネルグ(Glenelg)ビーチへ。
アデレードのリゾート地でおしゃれなレストランなどたくさんあります。私は行かなかったけど。夫のコンベンション会場もここ。

とてもきれいな砂浜。貝殻一つ落ちていないと思ったら、近くでゴミや貝殻などを取り除く作業が行われていました。もちろん、機械ですが。




美術館と博物館は私一人でゆっくりと。
南オーストラリア美術館は、西洋美術もアボリジニアートもとても見ごたえがあります。
そして、仏像の小部屋が二つあり、感激。こんなに間近に見られるなんて。

ウエストバッグに入れてあったスケッチブックを取り出して模写しました。滞在中に2回行き、計6時間くらい、これらの仏像を模写していました。

嬉しかったのが、どうぞゆっくり描いてくださいと、美術館の職員の方が椅子を持ってきてくださったこと。




南オーストラリア美術館






タイの仏像

日本の仏像





正直言って、博物館はあまり期待はしていなかったのですが美術館の隣にあるのでついでに行ってみようかと思い、立ち寄りました。

なんと、なんと、別世界に来たような感覚。
アボリジニ芸術も素晴らしい。そして、パプアニューギニアのお面たち。かぶりつきの興奮で見入ってしまいました。ここでも、計4時間くらいスケッチしました。
おもしろいな~~。








帰国日の前日は、また夫とバス遠足。ポートアデレードという古い港町へ。昼食付で一人20ドルという入江を往復する観光船に乗りました。
天気が良くて殺風景。 オーストラリアらしいかも。
ポートアデレード クルーズ船からの風景
2年前のパースも同じ時期に行きましたが、暑くてヘロヘロ。でもアデレードはこの時期は涼しくて長袖にウインドウブレーカーを着て行動していました。オーストラリアといってもいろいろなんだ~と実感。

おまけの話ですが、宿泊していたアパートメントのそばのスーパーに、カンガルーの肉が普通に売られていました。”どこでも売ってるよ~”とオーストラリア人の一人が言っていました。滞在中はほとんど自炊していましたが、さすがにカンガルーの肉を食べる気にはなれなかったな~。


2015年11月4日水曜日

西オーストラリア5 ロットネスト島(Rottnest Island)

ロットネスト島へ行ったのも、もう10日前。やっと普段の生活がもどっています。写真を見ると、すでに懐かしい感じも。


まずフェリーのチケットを買って、乗りこみます。


パースの街が少しづつ遠くなっていきます。ハネムーンだったのか、手を握り見つめ合って笑うカップルがそこここに。ちなみにこのお二人は親子のようです。



さあ、30年ぶりの自転車運転。学生時代はギア付きの自転車ではありませんでしたから、運転しながらギアチェンジは初めて。数回、意味のないところで転ぶ練習をしました。これで、大丈夫。

と思いましたが、西オーストラリアはとにかくハエが多い。気を抜くと鼻に入ってきて面倒なことになるので、左手はハエよけのためにハンドルを握ったり放したり。緩やかな(私にとっては結構きつい)アップダウンもあったので、右手はギアチェンジで忙しい。30年ぶりの自転車にしてはかなりハードル高かった、です。





ちょっとした藪や木陰にはこの島にしかいないクオッカが。





自転車を止めて近づくと寄ってきたので、日本のこと、ニュージーランドのことなどを話してあげました。




すると、この島のこと、こっそり教えてくれました。ふむふむ、なるほど。




このポイントは風の通りも良くハエ軍団におそわれず、さわやかなひと時。

ロットネスト島、サイクリングのスキルが格段にアップします。機会があったら、是非。

2015年11月3日火曜日

西オーストラリア4 フリーマントル(Freemantle)

パース市からフリーマントル(Freemantle)へはパース近郊電車に乗って。土日はファミリーチケットがいいと、駅案内の人が教えてくれて、普通に乗ったら2人で40ドル(4000円くらい)かかるところを12ドル(1200円)くらいで乗れました。ラッキー。

この日はマーケットの日で、教会付近にはバスの屋台や小もの、古品などが。



マーケットで鉢植えを売るおばさん


そんなんで、街は人通りも多くにぎやか。









そして世界遺産にもなっている、監獄へ。Freemantle Prison
フリーマントル監獄 正門



監獄生活は狭い部屋、監視された不自由さはありますが、受刑者の特技を生かして働き、出所するときのために貯蓄もできたそうです。極悪人ばかりではなく、いろんな状況の中でやむ終えず、その当時の法に触れる行為をした人もいたんでしょう。

4階建ての収容所は受刑者たちが建てたもの。

もちろん内部も見学しましたが、独房や処刑所などは写真をとる気にはなれませんでした。構造としては外国映画に出てくる刑務所とほとんど同じかな。

私たちは通常のガイドツアーで回りましたが、脱走ツアーとかトーチツアーなどいかにもこわ~いガイドツアーも企画されていました。

2015年11月2日月曜日

西オーストラリア3 おもしろ植物編

パース市 キングスパーク(Kings Park)では無料のガイドツアーに参加し、1時間半炎天下の中でオーストラリアの植物についてお勉強。なるほど面白い話もたくさん聞けましたが、暑いし、ハエもたかるし。ツアーが終わった時は、ほっとしました。

今回の旅行では砂漠や、サバンナみたいなところへは行きませんでしたが、このいかにも暑そうな植物の中を歩き、オーストラリアの気候を十分って感じ。















 ユーカリの並木道。家の裏庭にも2本の大きなユーカリの木がありましたが、ユーカリって何百種類もあるんですって。

2015年11月1日日曜日

西オーストラリア2 動物、鳥編

オーストラリアのこのあたりでは普通に見かけるの生き物、でも私にとっては初めての動物たち。

スカブロービーチ(Scaborough beach)でのんびり海を見ていると、ごそごそっと出てきました。40cmくらいあったかな。けっこう、怖かった。



オークランドにはカラスがいないので、大きな鳥だな~と見入ってしまいます。首をうずめているせいか、丸っこい顔で日本のカラスよりかわいいような、気のせい?でもやっぱり、日本のカラスとはちょっと違うわね。



パース市内で普通に飛んでいる色鮮やかな鳥。オウムの一種でしょうか。



これも、オウムみたい。



店先のベンチでカバブを食べていたら鳩が次々に。何故かこの店先だけに集中。ニュージーランドや日本の鳩と同じなのかしら?鳩をよく見たことがないので、わかりません。


フリーマントル(Freemantle)という監獄で有名な街で見かけた、これも鳩。これは普通のとはちょっと違う。



これはそこいらじゅう、よく飛んでいました。NZでも日本でも見たことがありません。調べようと思えばすぐ名前など見つかるのでしょうが、無精者の私、まっ、いいかとなってしまいます。



Kings Parkでガイドツアーを終えて一人休んでいると、ちょっと大きめで地味な鳥。


ロットネスト(Rottnest Island)島にはカンガルーのような、ウサギとネズミをかけ合わせたよような、こんなかわいい動物がそこいらじゅうに。



つい、内緒話をしてしまいました。



ロットネスト島(Rottnest Island)でのサイクリング中、なんとか木陰を見つけて昼食に持ってきたチーズパンとゆで卵を食べていると、木の根元の藪からぞろぞろと3匹トカゲが出てきたー。飛びかかってきたら怖いので、全身に神経を張り巡らして警戒しながらのランチ。暑い中、サイクリングでへとへとになり、まとわりつくハエの集団を追い払うため片手は絶えず顔を扇いでいなければならない。緊張感のあるランチタイムでした。



サイクリングを終え、島の港でひと休み。ガイドブックに書いてあったように、孔雀さんがあらわれました。(⌒_⌒)